黒柳徹子の生い立ちから現在まで!盟友追悼で見せた原点と歩みを徹底追跡
黒柳徹子の揺るぎない自己肯定感と人間への深い慈愛は、波乱に満ちた幼少期に育まれました。東京・乃木坂でバイオリニストの父・黒柳守綱と、母・朝のもとに生まれた彼女は、好奇心旺盛で既存の規律に馴染めない子どもでした。最初の小学校を入学後わずか数か月で退学処分になったエピソードは、自伝的著作『窓ぎわのトットちゃん』でも広く知られています。机の蓋を何度も開け閉めし、窓の外のチンドン屋を呼び寄せてしまう自由奔放さは、当時の軍国主義的な教育体制では到底受け入れられないものでした。
そんな彼女の運命を変えたのが、教育者・小林宗作が創設したトモエ学園への転校でした。電車の廃車車両を教室に見立てたユニークな学び舎で、校長先生は彼女の止めどないおしゃべりを何時間も聞き続け、「君は、本当は、いい子なんだよ」と語りかけました。この無条件の受容が、彼女の生涯を貫く「人と違うことを恐れない」精神の強固な土台となったのです。戦争による青森への疎開、飢えや空襲の恐怖をくぐり抜けた少女は、戦後、東洋音楽学校(現・東京音楽大学)声楽科へと進学し、表現者としての第一歩を模索し始めます。
Tags: